
研究論文の英文を編集していると、直したくなる文章はいくつも出てきます。
文法そのものが間違っているものもあれば、別の言語の表現をそのまま英語に置き換えたために、不自然になっているものもあります。文法的には正しくても、何を言いたいのか分かりにくい文章もあります。
こうした問題の多くは、著者が何を伝えようとしているのかが分かれば解決できます。
難しいのは、その先です。
英語を自然で読みやすくした結果、科学的な意味まで変わってしまうことがあります。
たとえば、次の文章を見てみましょう。
元の文章
Higher salt intake was associated with increased blood pressure.
編集者なら、もっと直接的にしたくなるかもしれません。
修正後
Higher salt intake increased blood pressure.
修正後のほうが短く、英語としてもすっきりしています。
しかし、本当に同じことを言っているのでしょうか。
was associated with が示しているのは、塩分摂取量と血圧との間に関連が観察されたということです。
一方、increased と書くと、塩分摂取量の増加が血圧を上昇させた、つまり原因になったように読めます。
そのような因果関係まで主張できるかどうかは、研究デザインや実際に得られたエビデンスによって変わります。
変わったのは、ほんの数語です。
それでも、読者が研究から受け取る結論は変わってしまう可能性があります。
研究論文の編集が、単なる「英語の修正」では終わらない理由の一つです。
分かりやすくしたつもりが、主張まで強くなる
研究論文では、意図的に慎重な表現が使われることがあります。
研究結果が何かを suggest している、介入に効果が may ある、ある変数が別の変数と was associated with だった、といった表現です。
もちろん、慎重になりすぎている文章もあります。
たとえば、
元の文章
It may perhaps be suggested that the intervention could have contributed to improved adherence.
研究結果によっては、ここまで何重にも慎重な表現を重ねる必要はありません。もっと明確に書ける場合もあります。
しかし、慎重な言葉が使われているからといって、すべて「英語表現の問題」だと考えるのも危険です。
次の例を見てみましょう。
元の文章
Our findings suggest that the intervention may improve treatment adherence.
これを次のように直したとします。
修正後
Our findings show that the intervention improves treatment adherence.
英語はずっと力強く、すっきりしました。
同時に、研究上の主張もかなり強くなっています。
このような変更をする前に確認しなければならないことがあります。
その研究は、本当にそこまで言える研究だったのでしょうか。どのような研究デザインだったのでしょうか。治療アドヒアランスは実際にアウトカムとして測定されていたのでしょうか。結果にはどの程度の確実性があるのでしょうか。著者が慎重な表現を選んだのは、研究の限界を考慮したからではないでしょうか。
こうした問いに、英文法だけで答えることはできません。
だからといって、編集者が著者に代わって科学的な判断をすべきだということではありません。
大切なのは、言葉の変更が研究結果の解釈まで変えてしまう可能性がある場面に気づくことです。
統計の表現も、簡単には言い換えられない
同じ問題は、統計学的有意差について書かれた文章でも起こります。
たとえば著者が、
元の文章
There was no statistically significant difference in mortality between the two groups.
と書いたとします。
少し長いので、次のように簡略化したくなるかもしれません。
修正後
There was no difference in mortality between the two groups.
一見すると、大きな違いはなさそうです。
しかし、この二つは必ずしも同じ意味ではありません。
統計学的に有意な差が認められなかったからといって、二つの群の間にまったく差がなかったことが証明されたわけではありません。
効果推定値、信頼区間、サンプルサイズ、研究デザインなどによって、結果の解釈は変わります。
American Statistical Associationも、科学的な結論を出す際に、単一の p 値の基準だけに頼るべきではないと注意を促しています。
統計学的有意性だけでは、効果が大きいのか小さいのか、あるいは実際に重要なのかも分かりません。
編集者にとって、これは重要なポイントです。
statistically significant のような表現は、繰り返されると長く感じることがあります。
しかし、文章の流れをよくすることだけを理由に削ってしまうと、分析結果が実際に示している以上のことを述べる文章になりかねません。
自然に聞こえるからといって、専門用語を置き換えない
専門用語が日常的な英語より複雑に見えることもあります。
たとえば、
元の文章
The odds of postoperative complications were higher in Group A.
という文章があります。
odds より risk のほうが自然で分かりやすいと感じて、
修正後
The risk of postoperative complications was higher in Group A.
と直したくなるかもしれません。
しかし、この変更が正しいかどうかは、研究者が実際に何を計算したかによります。
odds と risk は関連する概念ですが、同じ統計指標ではありません。
研究では、日常的な言葉としては似ていても、専門的には異なる意味を持つ用語が数多くあります。
たとえば、
- incidence と prevalence
- correlation と agreement
- mortality と survival
- relative risk と absolute risk
- predictor と cause
などです。
もちろん、著者自身が専門用語を誤って使っていて、修正が必要な場合もあります。
重要なのは、別の言葉のほうが自然に聞こえるから置き換えるのではなく、研究内容を確認したうえで判断することです。
編集によって、結果の範囲まで広がってしまうことがある
表現を短くしたことで、実際に測定した内容よりも広い意味になってしまう場合もあります。
ある研究で、質問票を使って参加者自身が評価した睡眠の質を調べたとします。
論文には、
元の文章
Self-reported sleep quality improved after the intervention.
と書かれていました。
これを、
修正後
Sleep improved after the intervention.
と短くすることもできます。
一般的な文章なら、これで問題がない場合もあるでしょう。
しかし、研究論文では、この違いが重要です。
研究者が測定したのは、特定の方法による「自己申告の睡眠の質」です。
睡眠に関するあらゆる側面が改善したことまで示したわけではありません。
同じような問題は、
- depressive symptom scores が depression になる
- self-reported physical activity が physical activity になる
- markers of inflammation が inflammation になる
- 特定の研究対象集団で得られた結果が、すべての患者に当てはまるように書かれる
といった場合にも起こります。
元の文章では余計に見えた言葉が、実は研究結果の範囲を限定する重要な役割を持っていることがあります。
STROBEなどの報告ガイドラインでも、観察研究の結果を解釈する際には、研究目的や限界、他の分析、関連するエビデンス、結果をどこまで一般化できるかなどを考慮することが求められています。
短い文章が、必ずしも正確な文章とは限りません。
英語が間違っていても、意味が分からないときはどうする?
研究論文の編集で特に難しいのが、このケースです。
次の文章を考えてみましょう。
Hypertension was an influence factor for postoperative complications.
英語として修正が必要なのは明らかです。
しかし、本当の問題はそこではありません。
著者が何を意味しているのか、いくつもの可能性があるからです。
著者が言いたいのは、高血圧が、
- 多変量解析で術後合併症と独立して関連していた
- 単変量解析で関連を示した
- 合併症リスクの上昇と関連していた
- 合併症を起こした患者でより多くみられた
ということかもしれません。
これらは、英語ではすべて違う書き方になります。
論文のほかの部分を読めば意味が明らかになるのであれば、それに基づいて修正できます。
しかし、それでも分からない場合に「おそらくこういう意味だろう」と判断してしまうと、著者が報告するつもりのなかった結果を文章に加えてしまう可能性があります。
そのようなときは、著者に確認するのが最も適切です。
著者からすると、「なぜコメントを残すだけで、正しい英語に直してくれないのだろう」と思うかもしれません。
しかし、科学的な意味そのものが不明確なのであれば、流暢な英語を作るだけでは問題は解決しません。
むしろ、間違った解釈を、もっともらしい文章にしてしまう危険があります。
AIの普及で、この問題はさらに重要になった
生成AIを使えば、不自然な学術英語でも、数秒で流暢な文章に書き換えられるようになりました。
英語を第一言語としない研究者にとって、これは非常に便利なツールです。
ただし、流暢さには一つの難しさがあります。
文章が自然になればなるほど、意味が変わっていることに気づきにくくなることがあります。
AIは、その文章が「おそらくこういう意味だろう」と推測し、その推測に基づいて書き換えることがあります。
多くの場面では、それで問題ありません。
しかし、研究論文では推測してはいけない場面があります。
一つの文章に科学的に妥当な解釈が二つあるのであれば、どちらを採用するか決める前に、論文のほかの情報や著者本人から確認する必要があります。
International Committee of Medical Journal Editors(ICMJE)も、主に別の言語で仕事をしている人にとって、AIツールが文章作成を支援する可能性を認めています。
一方で、AIを使って作成・修正された内容についても、その正確性と妥当性を確認する責任は人間にあることを明確にしています。
これは、AIを英文支援に使うべきではないという話ではありません。
言葉を改善することと、研究が何を意味するのかを判断することは、必ずしも同じ作業ではないということです。
研究論文の編集で、本当に目指すべきこと
もちろん、研究論文の英文を修正するたびに、こうした問題が起こるわけではありません。
著者の意図が明確であれば、文法、構成、読みやすさ、文章の流れを大きく改善しても、研究内容そのものには影響しません。
難しいのは、修正後の文章が本当に同じ研究結果を表しているのか、編集者が確信できない場合です。
私たちが見るべきなのは、「英語として自然かどうか」だけではありません。
一つの修正によって、
- 主張の確実性が強くなる
- 因果関係が新たに生まれる
- 結果の範囲が広がる
- 統計指標が別のものになる
- 特定の研究集団の結果が、より広い集団に当てはまるように見える
ことがあります。
そうなったとき、最初に考えるべきことは、
「この文章をどう直せば、もっと読みやすくなるか」
ではありません。
その前に、
「著者が本当に言おうとしていることを、私たちは正しく理解しているか」
を確認する必要があります。
分からなければ、著者に質問することが最も適切な編集になる場合もあります。
研究者は、編集者に英語を改善してもらうことを期待して当然です。
同時に、編集後の論文にも、自分たちが実際に行った研究と、実際に得られた結果がそのまま残っていることを期待できるはずです。
研究を読みやすくすることだけが目的ではありません。
エビデンスが実際に示していることを変えずに、より明確に伝えること。
それが、研究論文の英文編集で最も大切なことだと思います。
参考資料と関連情報
- International Committee of Medical Journal Editors(ICMJE). Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals. 2026年1月更新
- STROBE Initiative. Strengthening the Reporting of Observational Studies in Epidemiology (STROBE) Statement.
- American Statistical Association. Statement on Statistical Significance and P-Values.
本記事中の論文例は、説明のために作成したものです。クライアントの原稿や未発表の研究から引用したものではありません。
